長らく忘れていたことだったんですが、どういうわけか今朝目が覚めた瞬間に唐突に思い出したんでまた忘れないうちに書いておかなきゃと思って書きます。
と言い訳がましい説明を加えんと書けんのかい!と突っ込んでみる土曜日の朝。なんのこっちゃ?
むかし関西に住んでいたときのこと。駅までのバスの車内放送で回数券や1日乗車券の案内が流れるのですが、その放送の最後が「・・・便利な乗車券です、せいぜいご利用ください。」と言う文句で締めくくられるのよね。
「せいぜいご利用ください」・・・せいぜい?
違和感を覚える人は沢山いると思います。あぁ、この雑記を読んでる人は沢山はいないか?まぁいいか。
少なくともオイラの知る限り東京地方で「せいぜい」という語句は消極的なイメージとして用いられます。「せいぜい頑張れ」とか「せいぜいコレくらい」とか、悪く言えばマイナスイメージを持つ単語です。この解釈を件のバスの放送に当てはめると「せいぜいご利用ください」は「まぁ大したもんじゃないけど使いたきゃ使えばいいんじゃないの?無理にとは言わんけど」ということになってしまう(意訳しすぎか?)
当時既に26才でしたからさすがに言葉通りに受け取るようなことはしませんで「あぁこの地方では違った意味で使われるのね」と納得こそ出来ないものの理解は示せたのですが、やはり聞く度に違和感を持ったことを覚えています。
先ほど調べてみたところでは「せいぜい」という単語は使い方によって「チカラの及ぶ限り、積極的に」といった意味を持つことがあるそうで、特に関西地方ではこの使われ方をするのが一般的だとか。関東人がよく想像する「せいぜい頑張りまっせ~」なんてベタでメジャーな関西弁で考えると、この「チカラの及ぶ限り、積極的に」という意味を持たせる使い方は確かに理解できるものがありますな。
テレビなんかでたまに取り上げられる境界線の話。例えばマクドナルドを「マック」と呼ぶか「マクド」と呼ぶかとか、エスカレーターは右側を空けるか左側を空けるかなんていうのは東西の文化によって違うけどその境界線はどこか?ってヤツね。
オイラが見たことのある番組や読んだ本の話をまとめるとその多くは関ヶ原を境にすることが多いみたいでして、徳川vs旧豊臣の天下を分けた合戦の場所が文化の境界であるというのは非常に興味深い話でもあります。
と書いてて思ったんですが、何でもかんでも東海道を基準に分けるのは関東人であるオイラの思い上がりではないかいな?
(実際には関ヶ原は旧東海道沿いではありませんが、んじゃ何街道かと聞かれても分からない)
関ヶ原が分岐点とすると岐阜と滋賀が境目となります。中部地方と関西地方が境目だよね。でも中部地方と関西地方が隣接してるのは岐阜と滋賀だけじゃないわけで、三重と和歌山とか三重と奈良とか三重と滋賀だって隣接しているわけですよ。この辺りでも中部と関西とでハッキリと境界があるのかどうかを調べた番組や本は見たこともないし読んだこともない。もしかしたら三重県のど真ん中で分かれているのかもしれないし、もしかしたら和歌山の奈良のど真ん中かもしれない。
目線を北に転じれば関西と北陸も隣接しているわけでして、滋賀と福井の境界で文化は変わるのか?という番組や本も見たことがない。
日本全体で考えると関西以西を全て一括りにするのも乱暴な話でして、関西地方と中国地方ではやはり文化の違いが生じてるはずでして、マクドナルドの呼び方を検証した番組でも、東京では「マック」と呼ぶが関西に近づくにつれ「マクド」の比率が多くなり、確か姫路になると関東と同じく「マック」と呼んでいた記憶が。
海峡を挟んだ九州や四国ではなおさら文化の違いが生じるわけですから、一概に関ヶ原を挟んだ解釈をさせるのはなんとも乱暴な話です。でも大体の番組や書籍では関ヶ原しか取り上げない。これでもどうも消化不良になってしまいます。
もちろん検証する内容によって違った結果が出るでしょうが、ナニを検証するにも東と西だけに分けて調べて他はサッパリってんじゃツマラナイと思いません?
先に書いたようにマクドナルドをマックと呼ぶかマクドと呼ぶか。
エスカレーターは右列を空けるか左列を空けるか。
トコロテンには酢醤油か黒蜜か。
などなど、きっと一本の境界線では分断できないほど地域によってバラバラなんでしょうなぁ。なんだか非常に面白そうなテーマではありますな。オイラこういうのに凄く興味があるんですわ。
だけど調べるのにはお金も時間も掛かりそうなので自分で調査して調べようとは思わない。こういうのを自力で何とかする人が学者とかに向いているんでしょうなぁ。
ということでこういう事を研究している学者さんからの情報をお待ちしています。
とこんな場所で募集しても絶対に情報は集まらんわね。だからこそ書けるんだけどさ。
最初から最後までなんの話だか、自分でもよく分からん。ちと寝足りないのかもしれん。
